「私は関係ない」と突っぱねる
山川久明会頭の“恍惚”

 坂東市政を実現したのは必ずしも廣野氏の力ではなかったが、山川久明商工会議所会頭を誕生させたのはまぎれもなく廣野氏。今回の衆院選でも、渋る山川氏を一喝、最高責任者である選対本部長に就けた。違法な選挙資金集めに対し山川会頭は「私は関係ない」とつっぱねているが、会頭への批判は日増しに強くなっている。

 

「私は象徴的な存在、知らない」

 広野氏が逮捕された七月十五日、山川久明会頭は体調を崩したということで市内の病院に入院。十七日から二十二日までは静養のため商工会議所には出てこなかったが、十八日付け北海道新聞朝刊に、会頭のこんなコメントが載せられた。

 「お金のことは一切知らない。私は象徴的な存在だ。

 こんなことをいちいち気にしていたのでは選対本部長はつとまらない。

 選挙資金集めはどこでもみんなやっていることだ。選挙はもう終わったことで、商工会議所会頭の進退とも関係のないことだ」

 今津選対の最高責任者である選対本部長を務めた者の発言とは思えない内容に、内外からすぐに批判の声があがった。

 「商工会議所は、市内のさまざまな業種の企業六千社で構成されている。そのトップである会頭が、特定の候補の選対本部長に就くこと自体、おかしい」

 「選対の最高責任者でありながら、何も知らない、俺は関係ないなどありえない」。

 さらに最近の会頭の言動には手厳しい意見も飛び出している。

 「広野さんの勾留が長引き、今津氏本人、あるいは道議・市議逮捕へと事件はさらに拡大するのではないかとも言われている。経済がどん底の旭川にとって、憂慮すべき事態だ。

 しかし、最近の会頭を見ていると、本当に、もう終わったことだと思っているのではないかと疑ってしまう。

 失礼ながら、恍惚の域に入っているのではないか。後一年余り任期はあるが、早い時期に辞められるのが賢明ではないか」(商工会議所議員)


会頭続投にまだまだ意欲、未練

 山川会頭にすれば「選対本部長は、やりたくてやったわけではない」との気持ちだろう。事実、選対を立ち上げる時、山川会頭は最高責任者に就くのを渋った。廣野氏に「山川、お前やれ」と一喝されて引き受けざるを得なかったのである。

 しかし、旭川経済界の代表である会頭が、こんな重要なことを自分の意思で決められないということこそ大問題なのである。

 よく知られたことだが、山川会頭は「廣野氏の一声」によって誕生した。今から八年前、平成四年十一月のことだ。

 この時、勇退した小檜山亨氏の後を継ぐ会頭候補に名前が挙がったのは生駒二朗氏、廣野忠雄氏、山川久明氏、金森耕造氏、山下弘氏ら。決定権を握るのは廣野忠雄氏だった。廣野氏の意中の人は「金森耕造氏」。しかし、山川氏が会頭就任に執念を見せ、選考に時間がかかり、最後に廣野氏が「今回は山川でいい」と結論を出した。

 小檜山氏が任期半ば、一年半を残して退いていた。「とりあえず山川がワンポイントで一年半やり、その後を金森で」というのが廣野氏の考えだった。

 しかしその後、金森氏が一切の公職から退くといった思わぬ事態があって、山川体制は思わぬ“長期政権”となったが、何事も真の実力者である廣野氏の意向をうかがわなければならない宿命にあることは確か。

 山川氏はまだ会頭職に未練たっぷり、可能ならば何年でも続投するつもりのようだが、来年十一月の改選でどうなるかは、やっぱり廣野氏の腹一つか?。


「勇退の潮時、潔く辞めなさい」

 決定権を持つ広野氏が起訴されたことで、来秋の改選期に向けどんな動きになるのか情勢は不透明。一説には「山川氏は重しから解放され、続投に自信を持っている」とも言われる。しかし会議所の内外を問わず「続投は老害。勇退の潮時。潔く辞めるべきだ」との声が強い。

 「木材・家具の相次ぐ倒産、菅原市政の混迷、旭川商工信組の経営危機、農業土木問題と次々と起こる難問にまったく対応できない。指導力ゼロ。すべて天命、俺には関係ないといった態度では、旭川の舵取りはとても無理だ。

 面と向かって“辞めなさい”と言う人はいないが、みんな心のうちでは早期退陣を望んでいる。今津派の選挙違反に対する“我関せず”の発言に、今まで会頭を擁護していた経済人の心も離れた。

 山川さんがまだやりたいっと言っても、今度ばかりは許されないだろう。また、それを許すようでは、いよいよ旭川は終わっている」(商工会議所議員)という手厳しい声が聞かれる。