旭川建設業協会会長後任人事で見えた
衰えぬ廣野氏の“影響力”
公職選挙法違反で逮捕、起訴された廣野忠雄氏(七五)の辞任で注目を集めていた旭川建設業協会の新会長に盛永組社長の盛永孝之氏(六五)が就任した。旧三役が総退陣、新役員の平均年齢は五十代で若返りも果 たせた形となったが、実は新会長の指名は廣野氏。副会長の一人も廣野氏の息のかかった人物を起用するなど、廣野氏にはこの先も影響力を保持したいという気持ちが十二分に伺える。
若返りは果たせたが
突然の逮捕劇から実に二十六日目、五千万円とみられる保釈保証金を積んで廣野氏がようやく釈放されたのは八月十日のこと。この種の事件としては異例と思われるほど、長い勾留期間だった。廣野氏の勾留中から関係者のみならず、旭川政財界の大きな関心事の一つになっていたのが、廣野氏が会長職を務めていた旭川建設業協会の後任人事。廣野氏が逮捕直後の七月十八日、弁護士を通じて会長職の辞表を提出していたことから、後任者選びが、俄然注目を集めるところとなっていたのである。
すでにご承知のように、廣野前会長をはじめ、生駒二朗副会長(生駒組社長、七四)、新谷龍一郎副会長(新谷建設社長、四八)の旧三役は総退陣。新会長に盛永組社長の盛永孝之氏が就任したのをはじめ、副会長に川島崇則氏(川島建設社長、五一)、太田秀明氏(赤川建設社長、五四)が就いた。
新役員の平均年齢は旧役員よりも十歳ほど若返ったこともあり鮮明だった廣野色も少しは薄れ、新しいスタートを切ったかに見えた。
しかし、「実は新会長の盛永氏を指名したのは廣野氏。副会長の太田氏も自分の息のかかった人物で、廣野氏にはこの先も影響力を保持したいという気持ちが十二分に伺える。逮捕劇があったからといって廣野氏の影響力が低下するという見方には疑問符がつく」(ある建設会社社長)と言うのだ。
密室で相談一方的に指名
新聞報道によると盛永氏の旭川建設業協会会長就任は八月二十二日の理事会で決まったとある。確かに、この日の理事会で正式に就任が決定したが、実はその四日前にも理事会は招集されている。廣野氏が釈放されてから約一週間後の八月十八日のことだ。
この日は廣野氏の辞任届を受理した上で、新会長を選出するのが主な議題。もちろん“ドン”廣野氏も出席していたことは言うまでもないが、どのような選出方法が取られたのかが、出席者のみならず興味があるところだ。
新会長指名までは、紆余曲折、さぞ様々な意見が交わされたのではないか、と思われたのだが、さもあらん、その過程は意外にもあっさりしたものだった。
関係者の話を総合すると、当日の理事会の様子は次のようなものだったという。
理事会が始まって間もなく、廣野氏が「三人で相談してみる」と別室に移った。三人とは廣野氏と新谷副会長、そして廣野氏と同時に逮捕された山田宏紀氏(橋本建設工業前社長)。ある理事はその時「副会長の新谷氏を連れていくのは分かるが、何で山田氏を同席させるのか理解できなかった。三人で相談するなら筆頭副会長の生駒氏と新谷氏だろう」と疑問に思ったという。
三人は約十分程度で相談を終え、みんなの所へ戻ってきたという。そして廣野氏が「盛永に決めた」とひと言。そのひと言で理事会は盛永氏を新会長に指名することを決めたというのだ。
突然の指名に驚いたのは盛永氏だった。急な指名に心の準備ができていなかったのだろうか「考えさせて欲しい」とその場は保留。その日はそれで散会となったようだ。
その後の盛永氏の動向を、ある協会理事は次のように続ける。「注目される会長ポストだけにマスコミが騒がしくなってきた。協会にも取材の問い合わせが殺到するようになって、盛永氏は、ある協会幹部に相談したようだ。
その幹部は、まわりがうるさくなってきたので、早く決心したほうがいいとアドバイスしたようだ。盛永氏はそのアドバイスを受けて、週明けの八月二十一日(月曜日)に腹を決めたのだと思う」
盛永氏の意向が伝えられ、さっそく翌二十二日には再び理事会が招集され、盛永氏の会長就任が正式に決定したという。
発注官庁に配慮して人選
こうして盛永体制がスタートを切ったのだが、今回の役員改選を業界関係者はいったいどう見ているのだろうか。
「副会長は会長が任命するが実際は、廣野氏の意向が強く反映されているようだ。川島氏の副会長就任は誰もが納得できる人事だが、もう一人の副会長に廣野氏の息がかかった太田氏を起用したというのは、やっぱりこの先も影響力を保持したいという廣野氏の気持ちの現れではないかと思う」
また、同協会のある幹部は「新谷氏は、今回の事件で川田修氏(=特定寄付の受領の禁止の罪で起訴済み)に指示を出した人物ではないかと警察から取り調べを受けている。捜査とのからみもあって、副会長は辞めたほうがいいと考えていたようで、周囲にもその気持ちを漏らしていたという。
しかし、生駒氏は役員を辞めるつもりはなかったようだ。通常では、筆頭副会長を二十年務めた生駒氏が会長に就任するのが順当。本当なら二期くらい会長を務めて盛永氏はその次でもいい。そして、盛永氏の会長就任時に、新谷氏を副会長に戻して、将来的に新谷氏が会長に就くというのが自然な流れではないか。
しかし、それが出来なかったのは、国や道など、発注官庁の意向に配慮してのこと。旧役員は総退陣、新しい体制で望むことが求められていたという事情から生駒氏を会長に立てることが出来なかったのではないか」と解説する。
期待される脱・廣野支配
盛永会長をはじめ、副会長人事も廣野氏の考え一つで決まったようで、それだけを見ても廣野氏の影響力はいまだ健在と見るのが妥当だろう。
旭川建設業協会の会長職を辞任、第一線からは退いたような形だが、同協会の「顧問」に自ら就任、副会長の太田氏を通じ、影響力を保持しようとする廣野氏。
旭川商工会議所の常議員としても山川久明会頭を思うように操り、健在ぶりを発揮、廣野氏の影響力は一向に衰える気配がない。
しかも、今回の役員改選は廣野氏の途中降板によるもので、残りの任期は一年半。暫定的要素が多分にあるという。
「盛永会長はワンポイント。廣野氏さんはやっぱり新谷氏を会長にしたいと思っている。今回の事件のほとぼりが冷めた頃あいをみて、きっと巻き返しに出てくる。新谷氏が会長になるのも、そう時間はかからないのかも知れない。
しかし、盛永氏も会長になったからには、協会をまとめ上げて欲しい。しっかり足固めすることができれば、続投も十分あり得る。この任期中にどう体制をつくっていくかが大切」と脱廣野支配に向け、盛永氏に対する期待が高まっていることは確か。
旧態依然とした業界の体質を改め、新しくスタートを切る、絶好の機会がいまだ。このチャンスを逃すことないように、旭川の政財界は盛永体制をバックアップしていくべきではないか。