お見事! 永山屯田太鼓
西 田 勲
旭川市誕生百十年を記念して開催された『ふるさと旭川2000 日本のまつり』は、「七十万人」という主催者の予想を大きく上回る百二十二万人の人出を記録した。青森のねぶたや徳島の阿波踊り、石川の御陣乗太鼓など、次々に繰り出す迫力ある踊りや太鼓に多くの人が酔った。
私も連日のように出かけたが、地方色豊かな出し物を存分に楽しませてもらった。夏のにぎやかな祭りというのは良いものである。このところ暗いニュースばかりが多かった旭川だが、日本のまつり期間中は興奮と笑顔があふれ、街が少し元気を取り戻したようにも感じる。
街づくりはハードからソフトの時代になったと言われて久しいが、郷土芸能というのはまさしく長い年月をかけて築き上げられたそれぞれの地方のソフトである。全国の郷土芸能を集めて開催された日本のまつりは、いわばソフトの集大成。大成功を目の当たりにして「活性化のキーはこうしたイベントではないか」と再認識した人も多いだろう。
経済が低迷したままの北海道の中でも旭川はどん底といわれている。元凶としてこのところ内外から指摘されているのが「根強い官依存体質と、建設業支配の構造」で、ここから脱していかなければ旭川の再生はないとさえ言われている。具体的にどうすればいいのか、簡単に方策は見つからないだろうが、今回大成功に終わった日本のまつりのような、集客力のあるイベント開催も一つの手である。秋田県の能代市は青森ねぶたなど東北の代表的な幾つかの夏まつりを一堂に集めて『おなごりフェスティバルin能代』を開催している。今年十三回目を迎え、今ではすっかり能代市を代表するイベントとなっているが、そうした例を旭川市も参考にしてはいかがなものだろうか。
また、日本のまつりでは著名な全国の郷土芸能とともに地元旭川からの出演もいくつかあった。その中で、永山屯田太鼓はひときわ見応えのあるものだった。
屯田太鼓は十四年前に始まった永山屯田まつりの中の出し物の一つで、当初は、各町内会が繰り出す行燈(あんどん)行列の中で太鼓を打つだけのものだった。屯田まつりが十年目を迎えた平成八年に、「もっと迫力と魅力のあるまつりにしよう」と、有志がほかの街のさまざまなまつりを見学。斜里町の『知床斜里ねぷた』の豪快な津軽八尺太鼓に感動し「いっそのこと、日本一大きな太鼓を造ろう」と、九尺太鼓を完成させ、現在の勇壮な屯田太鼓となったのである。
とにかく、圧巻である。上と下から打ち込む太鼓の迫力ある響きに、「エイヤサー、エイヤサー」の掛け声、これに哀調を帯びたかかえ太鼓や鐘の音が加わる。
「エイヤサー、エイヤサー」の掛け声の「エイ」は永山の「永」、「ヤ」は「山」を表しているのだそうだ。伝統ある本州のまつりに少しも引けを取らないその迫力、熱演に市民の多くが「お見事!」と喝采をあげたはずだ。
聞くところでは、永山屯田太鼓の練習は厳しく、一年で三分の一のメンバーが交替を余儀なくされるという。常に人材の育成が課題だという。
いずれにして、関係者の努力で、身近なところに優れた芸能が成長していることに、大きな喜びを感じる。