2001年 4月号 No.388

「ユニクロ」旭川市内へ出店決まる
 
 今、日本の小売業界の中で一番元気がいいのがユニクロ。『全国千店舗』を掲げて展開を続け、旭川でも進出をうかがっていたが、国道237号線沿い西神楽一線五号への出店が決まった。道内スーパー業界で同じく成長を続けるラルズとの複合店。今年十一月のオープン予定だ。

今津寛氏に繰り上げ当選の可能性
 
 自民党第6選挙区の今津寛支部長辞任のあとを受け、新支部長(次期衆院選の候補)選考作業を続けていた「じみん旭川」の活性化委員会(石川千賀男委員長)が、難産の末に加藤礼一道議に的を絞った途端、今津氏の繰り上げ当選の可能性が降ってわいてきた。
 昨年六月の選挙で比例代表道ブロックから当選した苫小牧の岩倉博文代議士(五一)が体調に不安を抱え、辞任する事態もありうる状況になってきたためで、もしも次点の今津氏へのバトンタッチが実現すると、支部長は自動的に今津氏で決まりとなる。

情報公開で進められる8農協合併の落とし穴
 
 各農協(JA)間に体力格差が生じ、危機的状況に立つところも出てきている状況の中で、旭川市内では鷹栖町を加えた八農協の統一合併構想が進んでいる。少なくとも四%をクリアーしなければならない自己資本比率が、わずか一・一%(平成十一年度、北農中央会資料)のJA旭川市を救済するためにも合併が急がれるのだが、足並みがそろうかどうか情勢は微妙だ。(記事は三月五日現在)

旭川信金・富良野信金合併へ
 
 かねてからうわさのあった旭川信金と富良野信金の合併が決まった。経営難に陥っていた富良野信金を旭川信金が救う事実上の救済合併。合併後の名称は『旭川信用金庫』で、預金量全道一の信金誕生となる。ペイオフを控え再編機運が高まっており、今後も新たな合併劇がありそうだ。

占冠村・原淳二村長に疑義あり
 
 トマムリゾートで知られる上川支庁管内最南端の占冠(しむかっぷ)村で、ここ数年、村長と一部住民の癒着問題が取りざたされ、村内に行政不信が渦巻いている。「村長は何か弱みでも握られているのか、操られっぱなしで、いったい誰が村長なのか分からない」といった批判が公然と飛び交う中で、四月三日告示、八日投票の村長選挙が目前に迫り、再選阻止の動きが活発化してきている。

買い主の決まった旭川グリーンゴルフ場
 
 一月末に自己破産し、成り行きが注目されていた東川町の旭川グリーンゴルフ倶楽部の新しい経営会社が決まった。道内菓子業界の大手「わかさいも本舗」のグループ企業「ワカサリゾート」が競争入札で落札したもので、金額は諸税を含めて約三億九千万円とみられる。今春にはオープンの予定で、従来の預託金は返還されないが会員のプレー権は維持される見込み。

軽運送「青空」石橋博社長の詐欺的行為を再度糾弾する!!
 
 「当社の顧客の取得を図った事実無根、針小棒大な記事である」―本誌先月号記事『求職者を食い物にする軽運送青空』に対し、当の石橋博社長(七五)からこんな抗議文が寄せられた。取引先には「顧問弁護士が法的に準備中であります」とのファクスも。しかし、そんなパフォーマンスを繰り広げながらも、相変わらず人を騙し、不当に高額なクルマを売りつけようとの悪事は続けていた。

家具卸し名門「北島」が自己破産
旭川信金は救えなかったのか?
 
 大正二年創業の総合家具問屋・(株)北島(旭川市豊岡四ノ四、北島均社長)が自己破産した。数年前から経営危機がささやかれ、メーカーの多くは取り引きを縮小していたため冷静に受け止めているが、それでも関連業者への影響が懸念されている。「旭川信金は救えなかったのか」との声もある。

暴れん坊「茂田石油」が1万円車検を全道展開
 
 ガソリン格安販売の仕掛け人、業界の暴れん坊と言われる茂田石油(旭川市住吉一条、茂田栄和社長)が、「一万円車検」を全道展開する。「今後四年で十二カ所、車検台数十万台」と目標は大きく、自動車整備業者の間からは「またも茂田か」とため息が聞こえてくる。

ベルコに対抗!地元葬祭業者が新組織を結成
 
 大手互助会ベルコの進撃で苦戦を強いられている旭川市内と近郊の葬祭業者十五社が新しい組織『旭川地区葬祭業連絡協議会』(小野勍会長)を立ち上げた。ベルコも加盟していた既存の『旭川葬祭業連絡協議会』を解散し地元の業者だけで再結成したもの。「生き残りをかけてあらゆる対策をとる」としている。

大型棺を火葬できない旭川聖苑の“欠陥”
 
 国内最高レベルのダイオキシン対策など、最新鋭の設備を備え昨年二月にオープンした旭川市の新しい火葬場「旭川聖苑」(旭川市東旭川町倉沼)が、開設わずか一年の間に大柄二遺体を火葬できなかったことが分かった。「改修または増設するなど早急に対応してほしい」と市民や葬祭業者から要望があがっているが、旭川市では「平成十四年度の事業計画をまとめる八月頃までに一定の判断をしたいと考えている」と現時点での明言は避けている。

タイムリーインタビュー
旭川医師会長に当選した 増田一雄氏
 
 対立候補の田下昌明氏に六十一票という予想外の大差をつけ、旭川市医師会会長に増田クリニック院長の増田一雄氏が当選、四月一日から就任する。新会長としての抱負や介護保険スタート時から尽力してきた認定作業などについて聞いた。
ますだ・かずお  昭和十年根室生まれ。北海道大学医学部、大学院卒業。北大医学部第一外科、昭和四十四年米国オハイオ州クリーブランド・クリニック留学。四十六年北大医学部第一外科助手。四十八年一月国立道北病院外科部長。昭和五十一年六月増田クリニック開業。二年間の任期中に『開かれた旭川医師会』を目指す。

今月の視点
幸子夫人も感動した雪の降る街を音楽祭 西田 勲
 
 旭川冬まつりに合わせて『プレ雪の降る街を音楽祭』が三日間にわたって開催された。冬まつり会場の石狩川河畔で行なわれたメインイベント『雪の降る街を大合唱』は風雪に見舞われはしたが、スノーステージにあがった合唱団員と市民、観客が一体となって名曲を歌い上げ、感動的であった。

 ご存知の人が多いと思うが、雪の降るまちをは、『君の名は』に続いてお茶の間で大人気となったNHKラジオドラマ『えり子とともに』の主題歌である。作曲は昨年亡くなった中田喜直さんで、作詞は内村直也さん(故人)が担当した。

 ある時、放送時間が三分余るというアクシデントがあり、二人がその時間を埋めるために一気につくりあげた曲と言われている。即席でつくられたものだが、旋律も詞もロマンチックで美しく、多くの人に好かれまた歌われて、日本人ならだれもが知っている名曲となった。

 曲のモデルとなった街はどこにもないそうである。「しんしんと静かに雪が降り続く北国の街」というイメージだけでつくりあげたもので、当時のお二人は旭川など想像だにしなかったと思う。

 しかしその後、中田さんは旭川と深いご縁をもった。毎年のように旭川を訪れ、ここでスキーを大いに楽しみ、指導員資格まで取得している。内村さんも昭和四十八年に全道高校演劇大会が旭川で開催された時に来旭している。ご自身、この街は曲のイメージにあっていると思われたのだろう、「雪の降るまちをの曲を旭川の歌と思ってもらって良い」と話し、そのお墨付きが北都商業高校に大切に保管されている。

 そういった経緯があって、平成六年に発足した『旭川音楽振興会』が「曲名を冠にした音楽祭を旭川で開催しよう」と活動を始め、今年プレイベント開催にこぎつけたのである。縁があって、音楽振興会の会長を今、私が務めている。旭川は音楽の街と言われて久しいが、全国へ発信できる大きなイベントがなかった。『雪の降る街を音楽祭』開催を通して、音楽文化が根付き活動の盛んな街であることをアピールしていきたいとの強い思いがある。

 プレ音楽祭には中田さんの未亡人、幸子さんが駆けつけてくれたが、「この街に来て足音だけが追いかけてくる≠フ歌詞の意味がやっと分かりました」と話していた。雪道を歩き、キュッキュッと鳴る自分の足音を聞いて理解したのだそうである。また、「遠い国からおちてくる」の表現も、風の無い静かな旭川に降る雪の様子を現していると思う。旭川の歌だと言い張るつもりはないが、イメージにもっとも合った街と自負している。

 今回のプレ音楽祭が成功に終わり、来年、正式に誕生する可能性が強くなった。幸子さんも、雪の降るまちをという冠名の使用を快諾してくれている。開催日は旭川冬まつりに合わせ、中田喜直新人音楽賞を中心に多くの市民が参加できるイベントを目指したい。

 また、旭川音楽振興会では、雪の降るまちをの曲をJR旭川列車発着の際に流してはどうだろうかと提案している。NHKの年越し番組『ゆく年くる年』での大合唱生中継という企画もあがっている。関係機関に積極的に働きかけて一つずつ実現させ、一層、市民に親しまれる曲にしていきたいと考えている。

 このところ、菅原市長は街づくりの視点を公共事業から文化重視にシフトを替えつつある。文学では三浦綾子記念館、小熊秀雄賞、彫刻では中原悌二郎賞などがあるが、これに中田喜直新人音楽賞が加わることで、文化の香り高い町として知名度があがることを願っている。