2001年 10月号 No.394


信組問題決着

新・信組設立構想“断念”までの裏舞台
 
 破たんした旭川商工信用組合の受け皿となる「新・信組設立構想」が、尻すぼみのまま断念に追い込まれた。全国初の試みに強い関心を持っていた金融庁や道庁も、期待を裏切られる意外な結末に「大変残念」とコメント。オール旭川体制を構築し「不退転の決意」(菅原市長)で取り組んだはずの大事業も、大海に出る前にあっさりと消滅してしまった。市民が歴史的な判断を迫られたこの2ヵ月余り、表舞台で、そして水面下で何があったのか。

設立発起人会代表 高丸修氏に経緯を聞く「先行きの経営が不透明だった」
 
 破たん信組の受け皿機関を地元出資でつくろうという全国初の試みは、出資金集めなど具体的な作業が手つかずのままシナリオが崩れ、発起人会は解散した。その50日余りの動きは、市民の目にはただただ「迷走」に映った。
 旭川経済救済のためオール旭川体制で臨んだはずの新信組構想を断念せざるを得なかった経緯を、a丸修発起人会代表(旭川商工会議所副会頭、旭川トヨタ会長)に緊急インタビューした。(聞き手・西田勲本誌社長)

なんら審議されずボツになった新・信組事業計画書
 
 8月20日に示された新信組の事業計画は「初年度から利益を確保し2年度から配当も可能」とするものだった。しかし、「金融機関のプロから見ると甘い」と、発起人会は審議することもなく一蹴、ボツとなってしまった。作成に携った関係者はあ然。

危うくなってきた旭川・鷹栖農協合併
久保恒雄氏(神居農協組合長)の策にはまり「東旭川農協」離脱
 
 旭川・鷹栖8農協の合併協議から東旭川農協が抜けた。合併への手順に慎重論を唱えてきた同農協だけにある程度予測はされていたが、まさか現実のものになるとは考えにくかった。今後さらに離脱する農協が出てくる可能性もあり、残る7農協による合併にも赤信号が灯ってきた。(記事は9月7日現在)

巨額損失金問題で立ち往生 東旭川農協は自主再建できるのか
 
 上川管内ではトップクラスの優良農協だったはずの東川町農協(高山茂良組合長、正組合員約750人)が、自主再建か合併かの岐路に立たされている。青果担当職員と仲買業者の架空取引による巨額の損失金の発覚が引き金となり、長年にわたる農協のウミが噴出してきたためで、かねてから農協組織のあり方に疑問を抱く組合員からは「破たんも止むなし」の声さえ上がっている。

新・信組構想頓挫で気になる次期会頭選び
 
 山川久明氏の後の旭川商工会議所会頭は高丸修氏で決まりと見られていたが、「新信組構想が頓挫したことで、山川―高丸のシナリオは微妙になったのではないか」との声も経済界から聞こえるようになってきた。気になるのは、新信組問題の最終場面で存在感を見せつけた廣野忠雄氏。「まだまだ影響力は大きい。次期会頭人選も廣野さんの肝次第」(商工会議所議員)。

自治労全国大会の経済波及効果は11億5000万円
 
 経済波及効果は約11億5千万円なり―。旭川コンベンションビューローでは、8月25日から31日まで旭川市で開催された「自治労第71回定期大会(全国大会)」の経済波及効果を弾き出した。天候不順のせいもあり、約14億円という当初の見込みは下回ったが、不況に沈む旭川の各種業界にとっては、まさに救世主だったに違いない。しかし、その一方では、旭川ラーメンに対する批判も目立った。

虚しく終わった延命策荒井内科胃腸科ついに自己破産
 
 平成8年1月に開院し、2年も経たぬうちに連続不渡りを出して倒産。その後債権者の協力を得て再建に向け再スタートを切ったが、結局は延命しただけに過ぎなかった。ズッシリのしかかった巨額の借金を高利の金で凌ごうとしたが、金利負担に明け暮れる毎日。30歳という若さで独立開業した院長の、早すぎる落日である。

買物公園5・7左地区に9階建てビル建設構想
 
 リニューアルが進む買物公園にあって、平成10年3月の火災で4棟が焼失して以来、みすぼらしい焼け跡のまま放置された状態になっていた5条7丁目左地区だが、「このまま放置できない。何とか整備できないものか」と市内の大手企業と設計会社が整備プランを計画。事業推進に意欲的な姿勢を見せている。

タイムリーインタビュー
自治労全国大会副実行委員長 白鳥秀樹氏
 
 8月25日から31日までの一週間、旭川大雪アリーナなどを会場に自治労第71回定期大会が開かれた。宿泊数延べ約3万4千人という旭川市内のコンベンションではこれまでにない大規模な大会で、その経済効果には各業界から大きな期待が寄せられたが、現地実行委員会の副委員長として現場の指揮にあたった白鳥秀樹氏に大会を振り返ってのエピソードなどを聞いた。

今月の視点
頑張れ中心商店街  西田 勲
 

 旭川の顔といわれる平和通買物公園のリニューアルは、8条通部分が完成した後、一部商店街や市民の間から「冷たい感じがする」「街路樹が貧弱」などと批判の声が続出し、工事が中断していた。市は『買物公園フォーラム』を企画するなどして計画への理解を求めたが、買物公園企画委員会を中心とする推進派と反対派の意見調整はなかなか進まなかった。

 この間に、旭川のもう一つの歩行者専用道・銀座通は、旧来のイメージを変え銀座仲見世通として再生オープンしている。

 新たに建立した弁天神社を中心に、東京浅草の仲見世通の雰囲気を演出。鳥居に似せ朱色に塗られたモニュメントが個性的だ。

 6月21日にオープンした後、7月8月と夏の間、趣向を凝らしたさまざまなイベントが行なわれた。屋台村、昔懐かしいチンドン屋、猿回し公演など、商店街事務局だけでなく、店主達も朝から夜遅くまで準備に携わり、再生した通の下町風情をアピールした。

 苦労のかいあって、銀座仲見世通にやってくる買物客は増えているそうで、私の知り合いの商店主は「午前の早い時間から、また遠方からお客さんがやってくるようになり活気が少し戻った感じがする」と表情が明るい。

 北海道東海大学の学生たちが一役買っていることも、商店街を活性化させている。仲見世通オープン時のイベント協力に始まって、先日は、空き店舗を自分達で改装しギャラリーを兼ねたカフェをオープンさせた。カフェのメニューは豊富で料金が安く、ギャラリーでは学生達の作品が発表され、若い人が集まる場となっている。

 銀座商店街はどちらかといえば、年齢の高い人たちに支持されていたが、学生達の感覚で若い人たちも集まる要素もプラスされるのは非常に喜ばしい。

 話を買物公園に戻すと、一部商店主や市民の間からあがった批判を受けて、敷石に自然石を使う、手の噴水は西武デパート前に移設する、石のベンチを木製にかえるなどいくつか原案を修正することで両者の合意が成り立ち、10月中には工事が再開されるようである。数カ月、時間はロスしたが、賛否の議論どちらも買物公園を愛するがゆえのものと思う。

 なんといっても、平和通買物公園は日本で初めての歩行者天国である。後に続いた全国の歩行者天国に遅れをとってしまったが、元祖として今後は商店街や関係者が一致協力し、市民の誇れるメインストリートとしての再生を期待したい。

 中心部商店街の空洞化は、全国の地方都市が抱える共通の問題である。しかし、いずれ復権の時代が来るとも言われている。確かに今は郊外に次々誕生するショッピングセンターの攻勢にたじたじであるが、インフラと利便性ではやはり中心部が優位なのである。

 復権の条件は、大型駐車場の整備と交通アクセスの充実、そして郊外に負けない魅力ある店舗づくり。北国の場合はそれに雪対策が加わる。

 たまたま同時期に、旭川を代表する二つの中心部商店街のリニューアルが進んでいる。銀座仲見世通はこれからアーケード建設に入り、買物公園は通りの整備の仕上げに入る。仲見世通は生活のにおいがする庶民性を、買物公園は都会的センスあふれる街並みづくりというコンセプトを忘れず、市民が、また外から訪れた人も楽しめる商店街を誕生させてもらいたい。