旭川から発信する情報コンテナ月刊北海道経済
月刊北海道経済は創刊以来40年。旭川市を中心とする道北地域の政治・経済・文化の話題を発信している雑誌です。

予定通り自民党は安倍総裁、民主党は小沢代表に決まったと思いきや、小沢代表はよもやの検査入院。機と見るに敏とばかりに安倍首相は「政冷経熱」の現状を打開すべく中・韓首脳へと動く、というタイミングにピッタリの本を紹介します。著者は『ファイナンシャル・タイムズ』元・中国支局長で、現在はBBC・CNNで中国問題の解説者をつとめている。内部に多少の問題を抱えつつも、北京オリンピックに向け経済は順調と見られている中国だが、その経済成長は世界を揺るがしつつあるという。日本では報道されることのない数々の事実が明らかにされる。それらの脅威によりかつての米・ソの冷戦状態に近い状況に、米・中が陥る可能性が高いと著者は指摘する。日本には経済的に結びつきの強い中国と、政治・軍事的に密接な関係にある米国の間でどのような選択肢があるのか、安倍首相の前途は内憂外患、多難のようだ。

どうやら自民党総裁は安倍晋三氏で決まりらしい。安倍氏の信条は「闘う政治家」であること。「闘う政治家」とはここ一番、国家のため、国民のためとあれば批判を恐れず行動する政治家のことらしい。かたや民主党の代表も小沢一郎氏で決まりのよう。直球勝負の若手投手VS業師のベテラン選手の構図には興味が湧く。国会の党首討論では、小泉首相の時には議論がかみ会わなかったが、安倍氏となれば野党との討論に真っ向から答えていく姿が期待できそう。加えて小泉政権からの積み残しの問題がある中、10月の衆議院統一補欠選挙から来年の参議院選挙に向けて与野党の争いが激しくなり、政治が益々面白くなりそうだ。日本の未来への舵取り役の一人である安倍氏の考えを理解する上で、初の自著となる本書は実にタイムリーな本といえる。

今年は特に外交・自民党総裁選挙がからんでA級戦犯合祀にともなう靖国神社が問題になっている。本書はA級戦犯とは何だったのか。戦犯とされた彼らはどのように選ばれたのか。どのように裁かれ有罪となったのかを解き明かしていく。著者は「平和に対する罪」という事後法による東京裁判の判決は無効であり、ゆえにA級戦犯は存在しないと結論づける。現在の靖国神社に関する議論はその取り扱いについての議論に偏り、その根本の問題をあいまいにしているように感じられる。著者のあいまいとされている根本の問題を明確にするという姿勢は現状では貴重なものであり、それを無くしては有効な議論にはならず、問題の根本的な解決には至らないと思われる。小泉首相の参拝が問題となっている今、「靖国=日本の有り様」を改めて考えるきっかけとなる本です。

著者は衆議院議員であり、自民党総務会長も務めていた。いわば自民党の政策決定の中枢にいた人。現在は「郵政の大獄」を経て無所属議員となっている。本書では総務会の議事録から小泉政権(総裁)の元で、重要事項がどのように決定されてきたのかが明らかにされている。そこでも議論が尽くされぬまま、初めに結論ありきで物事が決定されていく過程には愕然とさせられる。本書を読むとテレビに映る判り易い政治家の姿とは違った、政治の現場での政治家たちの生々しい姿を見ることができる。政治はテレビ・新聞だけでは判らない、こういう第一級の資料があってこそ小泉政治とは何だったのかが理解できる一冊。

2005年3月から2006年2月までの1年間、インターネット上で56回にわたって連載されていたコラムをまとめたもの。インターネットという性格から、その間に起きた郵政解散、ライブドア、女性天皇、憲法改正、対中・対韓・対米外交、靖国、耐震偽装、ポスト小泉といった問題に対しリアルタイムな論評となっている。豊富な資料・知識と深く鋭い洞察力といった著者のイメージとは違い、ニュースと出合ったときに立花隆はまずは何を考え、それが今後どのようになる可能性があるのか考察していく過程が興味深い。大きな問題を山積みにし、次の首相にバトンタッチする小泉首相は最後まで強運な首相だが、それが国民にとって幸運だったのか考えさせられる。今現在をふくめこの1年間にはさまざまな出来事があり、それが日本の行方にどんな影響があるのかがわかる1冊。

みんなが「豊かさを求めた」時代から「総中流意識を持てた」時代を経て、格差社会といわれる今、自分にとって「豊かさ」とは何かを考える時代になっているのではないか。著者はさまざまな人たちへの取材を通して、「豊かさ」は働く喜びの中にあるのではという。働くことの意味を時系列で考えると、学校を出て、まず自分のために働く。そして結婚し子供が生まれたなら家族のために働こうとする。自分や家族のために働いていた気持ちが歳とともに希薄になり、自分のためにではなく、そしてお金のためだけでなく、「誰かのために」「社会のために」に求められて働くことそのものに価値を見出そうとする。それぞれの人たち、それぞれの年代の人たちが、働くことに目的と喜びを持つことができることが「豊かさ」なのではないか。

団塊の世代の定年が話題になっています。経済効果から近所づきあい・熟年離婚など、話題になっている事柄をみると安泰な定年後の人生を送るにもなかなか大変なようです。会社という組織から離れた時、自分一人だけでは使うに余りある時間を手にすることになります。今は寿命も延び「余生」というには長い時間をすごすようになります。そうしたなか会社を離れるとただの人となり、希薄になる「自己の存在証明」に対し不安(何のために生きているのかという疑問)を持つようになるという。定年後に自己の存在価値を見出すことにより、満足のいく人生を手にすることができる。本書では定年後の人生に「生きる意味」を見出すためのヒントが、二人の対談により語られています。