旭川から発信する情報コンテナ月刊北海道経済
月刊北海道経済は創刊以来40年。旭川市を中心とする道北地域の政治・経済・文化の話題を発信している雑誌です。
市町村合併の動きが急加速している。全国には3217の市町村があるが、そのうちの約4割が合併に向けて協議会を発足させており、今年はさらに増える見通しである。
道内では153の市町村が協議会や研究会をつくり合併の検討を始めており、旭川市でも平成14年7月に『旭川市合併等調査研究会』が誕生している。
協議の“進捗度”はその市町村の抱える事情によってさまざまだが、道内では函館市を中心に近郊の南茅部町、恵山町、戸井町、椴法華村が一つになる構想が一歩先行しており、上磯町、大野町、七飯町もこれに加わる可能性も大きくなっているようだ。一方で、隣接する釧路町との合併を急ぐ余り、町長選に介入し綿貫釧路市長が辞任するという事件が起きた釧路市の例もある。
ところで今、なぜ合併なのかである。情報通信やモータリーゼーションの驚異的な発展で住民の生活圏が拡大したのが大きな理由とされているが、それ以上に何といっても国と地方の財政悪化が根本的な要因である。
財政力の弱い自治体の財源を補填する地方交付税は、2年続けての減額を余儀なくされ、今年は19兆5000億円に抑えられた。しかも、このうち約7兆円は財源がないために赤字国債に頼らざるを得なかったというのが実情。はっきり言って地方交付税制度は破綻状態なのである。これまでに国や地方自治体が積み上げてきた借金は693兆円というとてつもない額に達しており、もはや国に地方の面倒を見る余裕などないのである。
国は、2005年3月までに3217ある市町村を一千台に再編する意向で、それによって年間数兆円の節約ができるという試算をはじいている。まさに、市町村の大リストラである。
わが国では過去に2度、明治と昭和に大掛かりな市町村合併が実施された経緯がある。「明治の大合併」では、欧米に習って市町村制を導入し、7万1000の町村を1万6000にまで減らした。そして戦後間もなく行われた「昭和の大合併」で現在の3472市町村となったのである。
今回は3回目の大規模な取り組みで、いわば「平成の大合併」である。
国は合併特例法をつくり、盛んに合併を促している。2005年3月までに実施すれば、現在の地方交付税を10年保証し、また庁舎や道路建設などの際も予算的にいろいろと恩恵を与えるとしている。逆にその期限までに取り組まなければ、地方交付税の3割カットや強制合併、また権限のはく奪もあり得るという。アメとムチで強行する姿勢である。
「合併によって地方の声が届きにくくなる」との懸念もあるが、私は大局的に見て合併には賛成である。国の財政負担の問題だけでなく、少子高齢化から自治体の運営自体、将来、不能に陥ることも考えられる。過疎化の著しい道北圏はとくにそうした将来不安が拭えない。
むしろ今回を、新しい街づくり地域再生の好機ととらえるべきではないだろうか。道が示した旭川の合併案では東川、東神楽、鷹栖、当麻、比布、幌加内などが対象となっているが、これに上川、愛別などを加え広いエリアの町村が一体となった新しい自治体をつくってはどうだろうか。旭川市が吸収するという発想ではなく、それぞれの自主性を重んじ、名称も旭川市にこだわらなくて良いと思う。
島国根性の日本人は視野が狭くなりがちである。国境のない時代は、地方の壁を取り外していくべきではないだろうか。先の旭川市長選に出馬した候補の一人が「大雪市構想」を掲げていたが、旭川エリアの大合併が実現し、新しい自治体が誕生するのを私の初夢としたい。