北海道経済 今月の視点【2006年09月号】今基労さんとの想い出

今月視点

【2006年09月号】 西田 勲

今基労さんとの想い出

元雪の美術館館長の今基芳さんが6月25日に72歳で亡くなられた。今さんは石狩の当別町生まれだが、旭川との縁が深く、NHK旭川放送局の報道部長を務め、いったん転勤したものの再び放送局長として戻り活躍した。平成2年には旭川市長の公募に応じ若手経済人に擁立されたが、告示直前に医師の診断で前立腺がんが見つかり止む無く立候補を断念し“幻の市長候補”に終わった。

この時の市長候補公募は旭川経済人会議が新聞1面を使って行い、旭川だけでなく全国にセンセーションを巻き起こした。公募には今さん以外に、全米で焼肉チェーンを展開していた実業家のロッキー青木さん、文化放送の柳沢紀夫(現在FMりべ〜る社長)さんなどが応じた。

多士済々の顔ぶれの中から今さんが公募候補に選ばれた時、私は不思議な因縁を感じたものである。

実はこの市長公募からさかのぼること12年前、昭和53年の旭川市長選。市政を奪還しようと保守系の若手経済人が集まり坂東徹さんを擁立した。私も坂東選対に入り、主に坂東候補のPRを担当した。対立候補の松本勇さんが朴訥にぼそぼそと話すのに対し、坂東さんの話は分かりやすくお茶懇などで聴衆に大いに受けた。現職有利の選挙情勢を逆転したいと考えていた私は、何とかテレビで2人を対決させたい、テレビ討論が実現したなら勝算が生まれると考えた。当時HBC旭川放送局のアナウンサーだった佐藤のりゆきさんに頼み2人の候補のテレビ討論を実現し手ごたえを感じた。さらにNHKでもやってもらおうと出かけたのだが、その交渉相手が報道部長の今さんだった。

図々しくもゴールデンタイムで立会演説会を放送してほしいと頼み込んだ。前例がないと断られたが、それでもひるまず「地方の政治を伝えるのもNHKの大事な役目だ」と食い下がった。私たちの熱意が通じたのか、今さんは札幌放送局や中央を説得してくれて、立会演説会の様子が投票日前日のゴールデンタイムで放送された。前代未聞のことだった。このNHKの放送で流れが変わり、保守坂東市政が誕生した。

坂東市政誕生に図らずも一役買った今さんが、12年後に、結局幻に終わるものの坂東さんの対抗馬として擁立されたのである。

平成2年の「市長公募」は斬新でセンセーショナルなものだった。旭川の保守陣営を2分し、その後の旭川経済界にも影響を及ぼした。

しかし、新しい政治の時代の先駆けでもあった。時は流れ、今や市長や知事の候補公募は定着しつつある。来春の道知事選でも民主党は公募方式をとっており、旭川からも財務官僚の渡部康人さんや旭山動物園の小菅正夫園長の名が挙がっている。もっともどちらも他薦で、両人に出馬の気持ちはまったくないようである。

今さんはNHK大阪放送局勤務時代、放送記者だった橋本大二郎さん(現高知県知事)の上司だったことは広く知られた話。兄同様に政治家を志す橋本記者に「いろんな世界をみて生きるべきだ」と理解を示し、当選したときは自分のことのように喜んだそうである。今さん自身が政治に特別な関心を持っていたのではないと思う。前代未聞のゴールデンタイム立会演説会の放送にしても市長公募の応募にしても、新しいことをおもしろがりそれにチャレンジする進取の気性に富んでいたのだろう。まさにジャーナリストだったのである。ご冥福をお祈りする。