旭川から発信する情報コンテナ月刊北海道経済
月刊北海道経済は創刊以来40年。旭川市を中心とする道北地域の政治・経済・文化の話題を発信している雑誌です。
ブルーミントン・ノーマル市との45年間
旭川市とアメリカのブルーミントン・ノーマル市が姉妹都市提携から45周年を迎えた。両市から総勢30人の訪問団が旭川を訪れ、去る6月8日には旭川市内で記念式典と祝賀会、コンサートなどさまざまな行事が行われた。個人の友情もなかなか45年間は続かないものであり、太平洋を隔てて遠く離れている日米の都市が姉妹都市の関係を継続しているのはとても喜ばしい。
日本では多くの都市が海外の都市と「姉妹都市」や「友好都市」の関係を結び交流しているが、もともとこのような都市同士の国際交流を提唱したのは、第2次世界大戦中にヨーロッパ戦線で連合軍を最高司令官として率い、戦後にはアメリカの大統領になったアイゼンハワーだった。都市同士が仲良くすれば、国と国の友好も深まり、戦争も起きないとアイゼンハワーは考えたのだろう。
昭和35(1960)年、当時の前野与三吉旭川市長に、ブルーミントン市の会計部長、アルビン・J・ケラー氏から、ブルーミントン市議会が旭川市との姉妹都市提携を希望しているとの文章が寄せられ、2年後の10月11日に両市は姉妹都市提携を結んだ。ブルーミントン市に隣接し、密接な関係にある「双子都市」のノーマル市とも、87年に同様の関係を結んでいる。
ブルーミントンから3人の公式親善使節が訪れたのは1964年のことで、翌65年には「旭川・ブルーミントン姉妹都市委員会」の委員長だった故・森山元一さん夫妻を含む3人が旭川から初めて同市を訪問している。以来、今日に至るまでに旭川からは10回、ブルーミントン・ノーマル市からは12回の公式訪問団が相互の都市を訪問しており、参加者はのべ500人以上に達する。
交流の内容は幅広く、中高生の語学研修や交換留学、看護婦研修生の相互派遣、旭川からの邦楽演奏家たちの訪問、ブルーミントン・ノーマルからのジャズアンサンブルの来訪、少年野球チームの交流試合などが行われてきた。先日、来旭した訪問団にも、ピアニストのトッド・タッカーさんや、大学生のアカペラグループ「サスペンデッド」が参加していた。旭川とブルーミントン・ノーマルの関係が、双方の姉妹都市委員会やボランティアの努力のたまものであることはもちろんだが、文化交流の果たした役割も認められていいと思う。
私も2度、ブルーミントンを訪れたことがある。人口数万人の小さな都市ではあったが、経済状態は豊かで、私が泊めてもらった市の有力者は自家用機のセスナを持っていた。市長はほとんど給料をとらず、市政の仕事はマネージャーに任せ、通常は市長室ではなく自分の会社にいるという。市議会議員もボランティアで、ほとんど無報酬。せっかく何度も訪問団を送り込んでいるのだから、このような制度を旭川も学べばいいのにと感じたものだ。
旭川を訪れたブルーミントン市民の民泊も、2回引き受けた。1人は背の高い高校生のレスリング選手で、もう1人は旅行好きなブロンドの女性だった。言葉や習慣の違いにお互いとまどうこともあったが、今となってはいい思い出だ。
旭川市はほかの都市との国際交流にも積極的で、現在、韓国の水原市と姉妹都市関係、ロシアのユジノ・サハリンスク市、中国のハルビン市とは友好都市関係にある。地理的に近く、急速に経済発展しているこれらの都市との交流は、旭川経済の発展に役立つと期待している。旭川の国際交流の出発点になったブルーミントン・ノーマルとの交流も、50年、100年、さらに長い時間を重ねてほしいと思う。
来年は洞爺湖で主要国首脳会議(サミット)が開かれ、世界の注目が北海道に集まる。派手な外交も結構だが、都市同士の地道なつきあいも大切にしていきたい。